〜 アロマテラピーと耳鼻科疾患に関する考察 〜 |
Therapist Guild Japan 主宰 長谷川 尚哉 2000.11/24報告
ここではI.A.Rより「すべてのタイプの耳炎へのマッサージ処方」とされているレシピの解析を行った。I.A.Rでは「耳炎マッサージ処方」「欝血性中耳炎座薬レシピ」「細菌性化膿性中耳炎座薬レシピ」「急性中耳炎座薬レシピ」「慢性耳漏座薬レシピ」がリストされているが、症例の定義付けがなされた物はすべてが座薬としての処方であることから解析をしなかった。このような座薬での処方に関しては専門の耳鼻咽喉科の医師が解析、検討を図ることが適当と考える。TGJの立場上マッサージ処方を検討することとしたが、当処方はあいにく定義付けが曖昧であるばかりか、精油の混合物の直接塗布を求めており、経皮刺激、その他の情報も曖昧であるという印象を受けた。 ○耳介周辺、および中耳、内耳の解剖的知識 アロマテラピー領域からのアプローチを考慮する場合、その解剖学的知識をないがしろには出来ない。また、I.A.Rよりのレシピでは「耳炎」とされている以上、炎症の起こりうる病理学的知識も必要となろう。そこで、この項目では解剖学的知識を紐解くこととした。 平衡聴覚器の構成 平衡聴覚器は解剖学的に「外耳」「中耳」「内耳」に分けられる。外耳は耳介、外耳道、鼓膜を指し、中耳は鼓室、耳管、内耳は骨迷路、膜迷路、および蝸牛、前庭、三半規管といった解剖学的構造を持つ。アロマテラピーでのアプローチには器質的疾患がないことが前提となるが、外用で行われる化学療法であることを考慮するとその循環経路が重要となることが考えられる。外耳においては動脈性には外頚動脈の終枝、外頚動脈が支配する。血行の少ない部位であり、体表温度と比して一般的に低い部位である。中耳領域では耳管の支配動脈は翼突管動脈、上行咽頭動脈となる。内耳は脳底動脈の枝、迷路動脈が支配する。つまり外耳、内耳、中耳で循環改善へのアプローチに違いが出る可能性がある。またそれとほぼ同様のルートを経る静脈系の循環不全でも欝血性変化は起こりうる。一方リンパ経路では体表では耳介の後方の後頭リンパ節、浅頚リンパ節または耳下腺リンパ節がその流路となる。 平衡聴覚器疾患の病理 平衡聴覚器への病理では一般的に発生する可能性の高い物理的外傷、異物の外耳侵入、感染症などが発生し得る。外耳道疾患では「耳せつ」「外耳道湿疹、び慢性耳道炎、悪性外耳道炎」「外耳道真菌症」「外耳道真珠腫」「外耳道異物」等がある。一方、中耳疾患では「浸出性中耳炎」「急性(化膿性)中耳炎」「その他の特殊型急性中耳炎」等がある。中耳炎での合併症では以下のものが発生し得る。アロマテラピーでの対処は不可能であると考えることが必要である。 1)内耳炎、迷路炎 a)限局性内耳炎:蝸牛窓や前庭窓から内耳へと炎症が波及する。蝸牛の基底部に限局し、「高温域の骨導聴力低下」をきたす。 b)内耳炎:水平半規管などに瘻孔を生じ、内耳炎(迷路炎)となる。激しいめまい、難聴、耳鳴をきたす。 2)グラデニーゴ症候群:急性内耳炎が錐体部先端蜂巣におよぶと三叉神経、外転神経麻痺を発生させる。 3)顔面神経麻痺:急性炎症や真珠腫によって顔面神経の圧迫障害が発生する。 4)骨膜下膿瘍:側頭骨骨膜下の膿瘍。特に乳様突起部のものをベゾルズ マストイディティス(Bezold's mastoiditis)とよぶ。 その他に頭蓋内合併症が起こり得るが割愛。 平衡聴覚器炎症に至る感染経路 平衡聴覚器への感染経路は外耳においては限局性の外耳道炎などでは細菌(せつ、黄色ブドウ球菌、表皮ブドウ球菌など)、真菌(アスペルギルス)等が考えられる。これらは日和見感染と考えられる。感染経路は空気感染、外耳からの外的環境による直接感染である。一方中耳炎では正常鼓膜の環境下では経外耳道感染は起こり得ず、すべて経耳管性感染となる。感染は初発は風邪によるものが多い。耳管炎が発生し、耳管粘膜の繊毛運動が低下し、鼓室内陰圧が発生している状況でくしゃみなどにより耳管が開くと上咽頭などに感染している起炎菌が鼓室内に入り込む。また、排泄に働く耳管の繊毛運動が弱まっていることで中耳炎は発症する。起炎菌としては「肺炎球菌(小児)、連鎖球菌(成人)、インフルエンザ菌、ブドウ球菌」などである。 ○処方に供された精油の一般、レシピの考察 今回の処方ではMelaleuca quinquenervia、Lavandula officinalis、Ravensara aromatica、Rosmarinus officinalis1,8cineoleが利用されている。これらのI.A.Rレシピの配合による芳香成分の比率は別掲の通りである。1,8cineoleをはじめとするオキサイド類の比率が43%となり、高オキサイド比のレシピとなった。これは 構成比の高いMelaleuca quinquenerviaの精油の成分構成と似通っている(Melaleuca quinquenervia精油にはエステル含有は微量である)。I.A.RではMelaleuca quinquenervia精油に「抗感染、抗ウイルス、抗真菌」の作用を謳っているが参考文献が明らかでない。同じフトモモ科Melaleuca alternifoliaの研究ではMICなど一般的に公表された抗菌作用が話題に登るが、Melaleuca quinquenerviaでのMIC等のデータを筆者は発見することが出来なかった。精油中に多く含まれる(lot No.125/0498-1/66では51.3%におよぶ)1,8cineoleの単独での石炭酸指数は3.5に過ぎず、Melaleuca alternifolia単独での石炭酸指数13に比しても抗菌作用が期待できうる精油であるとは言い難い。その他Lavandula officinalis、Ravensara aromatica、Rosmarinus officinalis1,8cineoleでも抗菌の作用を期待することは難しいと考える。さらに、「耳炎」症状を愁訴に来訪する患者への第一選択は「炎症の軽快」を促す方法論(排膿のための物理的治療(鼓膜切開排膿、換気チューブ挿入、耳管通気など))であり、また抗生物質投与となっており、アロマテラピーで対処するための方法論では抗菌活性がある精油を利用することが必要であろう。しかしながら、Lavandula officinalisをのぞいた組み合わせにEucalyptus radiataを加えたものが感冒症状、初期の風邪などに用いられることから1,8cineoleによる去痰、といった作用が耳管の閉塞症状を軽快するために有意義であると考えられているのかも知れない。また、抗菌に必要視されるThymus vulgaris、Melaleuca alternifolia等は座薬のレシピに20%、もしくは25%の混合率で見られることから、座薬での処方に「抗菌活性」を、マッサージ処方では「気管、鼻咽頭症状の軽快」を目的としているのかも知れない。単独でマッサージを行うことになると考えると、 レシピにMelaleuca alternifoliaを加えることが考慮出来る。いずれにせよ、医療機関での初期治療を優先し、副次的にアロマテラピーを利用する際の考え方と理解することが好ましい。 ○その他の処方理論への検討 「アロマテラピー大全」では急性中耳炎の経皮投与例に以下のようなものを記載している。 1)耳孔投与 Eucalyptus radiata 5ml 用量・期間:この精油を2〜4滴、小さい脱脂綿にしみこませて、 それを耳孔につめる。これを1日2〜3回、4〜7日 行う。 *健康成人で同様の方法論を行ったが経皮刺激はなかった。 2)経皮投与 Thymus vulgaris linalol 2ml Lavandula Spica(Latifolia)2ml 用量・期間:Corylus avellana 6mlとあわせたものを 4日、ないし7日間耳の周囲とリンパ節とに 毎日2回から4回擦り込む。 *オキサイドとモノテルペノールの組み合わせで、循環改善には 期待できるが、抗炎症としては弱いと考えられる。 ○まとめ 経皮刺激性の少ない精油を組み合わせることで様々な症状に対処できると考えがちなフランスの処方例であるが、レシピ解析を行えば行うほどその作用機序の不鮮明さが浮き彫りになると感じるのは私だけであろうか?まずはオーストラリアにおけるMelaleuca alternifolia油の検証のように、単独の精油の効果、効用などが検証されることが必要であるばかりか、ある一定の作用を検証する際の後ろ盾となるような気がする。それらを怠れば処方のみが一人歩きし、実際的に治療効果をあげる臨床例が取りにくくなるばかりか、アロマテラピーでは何も出来なくなってしまうことが懸念される。これらの研究を速やかに行うことが我が国でのアロマテラピーの生き残りに必要である。
※講演時間3時間、集計資料、植物学などレポートを含む。
禁無断転載、不許複製、"Copyright(C) 2004 Therapist Guild Japan." |
アーカイブスへ 講演要旨へ topへ Next >> |